あの夏の坂道。

駅メモのこととか旅行のこととかを、仕事してるフリをして書いています。

廃坑に仲間を置き去りにしてしまったことを告白します。

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今年の夏、なにか夏らしいことをやりましたか?

コロナの影響であまり派手に遊ぶことはできなかったという人も多いと思う。海水浴場は「休場」となった場所が多く、イベントなども延期や中止となってしまったものがほとんどだった。

僕はと言えば、あまり大きな声で言うことでもないのですが、もちろん感染対策を取った上で水族館や海のある場所へのドライブなどを楽しんだ。
中でも新江ノ島水族館で、通常営業終了後に収容人数を1/10程に限定して開催された「ダークアクアリウム」は本当に楽しかった。どれくらい楽しかったかというと、2回行ったくらい楽しかった。
閉館後の水族館をランタンを持って巡り、真っ暗な水槽をぼんやりと照らして魚たちを観察する。いつもの明るい水族館では見ることのできない魚たちの様子が見られて「へー!」となったり、なによりもその幻想的な、ともすれば少し不気味とすら言える非日常な空間で過ごす時間は、とても貴重な体験だった。そりゃ2回くらい行ってしまうってもんだ。

そんな、一応2021年の夏を楽しんだ僕が「この夏の心残りは?」と聞かれて真っ先に思い浮かぶのは「心霊」である。嫌いな人や苦手な人も多いと思うが、夏の風物詩でもある怪談・オカルトの類が僕はもうホントに大好きなのだ。


ちょっと思い出補正もあるのかもしれないけど、僕が子供の頃は夏になるとテレビで怪談話をしたりホラードラマをやったりってのが結構多かったように思う。
しかし時代とともにそういう番組は減っていき、今や年に何回かの特番くらいでしか見かけなくなってしまった。「子供が怖がるから」というクレームがテレビ局に多く寄せられたからだ、とかいう話もまことしやかに語られているが、早い話が時代がそういったものを求めなくなってきてしまったのだろう。

そんな時代の流れの中で、同じ恐怖コンテンツである「おばけ屋敷」はなかなか衰退する様子を見せない。それどころか進化を遂げ、新しいタイプのおばけ屋敷が登場してきてすらいる。
夏になると地元のショッピングモールにおばけ屋敷が期間限定でやってくる、みたいなことは流石になくなってきたと思うが、座って立体音響で体験するおばけ屋敷や、ネット上で閲覧できる動画コンテンツと連動したおばけ屋敷、車に乗ったまま体験するドライブインおばけ屋敷や、逆にトレーラーでやってくるおばけ屋敷なんてものすら存在するらしい。
意図せず目に入ってきてしまうこともあるテレビ番組とは違い、こちらから享受しようとしなければ目に入ることがほとんどないおばけ屋敷は、時代にマッチした恐怖コンテンツと言えるのかもしれない。

しかし、実を言うと僕はおばけ屋敷の類はちょっと苦手だ。
だって怖いんだもん。
いや「好きか嫌いか」で言うと好きだし、でかけた遊園地などにおばけ屋敷があった場合にはほぼ確実に入っている。それくらい好きだ。でも、苦手なのだ。

何言ってるんだコイツ、ついに頭わいたか?って思われてるかもしれない。うーーーーーーんなんて言えばいいかな…早い話が、驚かされることが苦手なのだ。
おばけ屋敷の中に広がるじとーっとした雰囲気は好き。柳であったり、うめき声であったり、ボロボロになった廃墟であったり、「そういう空間にいることで勝手になにか起こるんじゃないかって不安になってドキドキするような恐怖」は好きなんだけど、「わっ!!」って突然大きな声出されたり、動かないと思ってたものが動いたり、プシューって炭酸ガスが出るような、「驚かされる恐怖」が苦手なのだ。
うん、そうだな、今こうやって改めて文字にして書いてわかったけど、僕はビビりなのである。
だからホラー映画とか心霊スポット探索みたいな番組で恐怖が演者に降りかかっているのを自分自身は安全な場所で見るのは好きだけど、おばけ屋敷に放り込まれておっっっっそろしいおばけが僕を襲ってくるという状況は勘弁してほしいですわってわけだ。
もちろんそれがおばけ屋敷の醍醐味だとは理解しているし、苦手ではあるけどおばけ屋敷なんてせいぜい2,3分くらいで終わるものだから、まあそれくらいなら耐えられもする。だからいやだなー怖いなーって言いながらもおばけ屋敷に入ってしまうのだ。

そういった意味で、昔どこかで体験したおばけ屋敷は最高だった。

「別々に入ろう」そう言って彼女は先におばけ屋敷に入った。
その理由を、僕は数分後に知ることになる。

こんな感じのキャッチコピーに惹かれて入ってみると、まあ正直言って仕掛けなど内容自体は大したものではないおばけ屋敷だった。が、出口までたどり着いた後にスタッフに誘導されおばけ屋敷の裏側に通され、実は僕たちを襲った恐怖の仕掛けは全てひとつ前のお客さんが動作させたものだった、という衝撃の事実が明かされるのだ。
そして今度は自分たちの後にやって来たお客さんを、モニターで確認しながら仕掛けを発動させて驚かせその様子を見ながらほくそ笑むというものだった。
その事実を知ったときの驚きと、自分が動作させた仕掛けで人が怖がっている様子を見られる楽しさは今までにない新しいおばけ屋敷の楽しみ方だと思った。

ちなみに僕のターゲットとなったお客さんは母親と小さな子供2人だったんだけど、容赦なく仕掛けを発動させてたら子供ギャン泣きしてました。いやー楽しかったなあ…。

そんなわけで色々と自分が今まで体験したおばけ屋敷を思い返していたんだけど、とりわけ印象的だったエピソードを思い出した。
まだ僕が二十歳そこそこの頃の話だ。


その日僕は、小学校の頃からの友人である香川と二人で遊園地にいた。男2人で遊園地である。なにがどうなってそんなちょっと悲しい状況になったのかは覚えてないけど、4人とか5人とかのグループならまだしも芋臭い男2人だけで遊園地というのは流石にちょっと浮いていたように思う。確かその話を姉にしたら「きしょっ!」って普通に言われた覚えがある。我が姉ながら火の玉ストレートの辛辣さだ。

とはいえ、僕と香川はそんな状況でもなんだかんだ遊園地を楽しんでいた。ろくに遊園地やテーマパークの類がないクソ田舎から東京に引っ越してきた僕たちは、そういった場所に来ると否が応でもテンションが上がってしまうのだ。
その日は平日で、園内は空いていて大した待ち時間もなく快適にアトラクションを楽しんでいた。そして、おばけ屋敷をみつけたのだ。

過去に惨劇が起こり廃墟となった古い民家に特別捜査員となって潜入し、事件解決に繋がる何かを見つけてくる…みたいな体のおばけ屋敷だった。
当時からもう「稲川淳二 恐怖の現場」のDVDをフルコンプしているほどホラー好きだった僕は、これに食いついた。

おばけ屋敷あるじゃん」

「うわ、めっちゃ怖そうじゃん…」

「見て!惨劇の起こった廃墟だって!!」

「あ、ストーリーあるんだ」

「特別捜査員になるんだって!」

「ほお…?」

「あ、見て!受付のスタッフの人、ちゃんと刑事っぽい格好してる!」

「ほんとだ、すごい…!」

「え、緊急時に連絡とる用の携帯を渡すって書いてある!なんか仕掛けあるのかな!?」

「なにそれ気になる!」

実はこの香川もホラー好きで、「稲川淳二 あなたの隣の怖い話シリーズ」のDVDをコンプしているような男である。そしてまた僕と同じく、ビビりでもある。
めっちゃ面白そうだけど、2人でおばけ屋敷って結構怖くない…?あと男2人でおばけ屋敷入るってちょっとキモくない…?もしどっちかが中で腰ぬかすようなことあったら1人じゃ助けられなくない…?もしどっちかが中で呪い殺されたら1人じゃ怖くて進めなくない…?あとやっぱ男2人でおばけ屋敷ってちょっとキモくない…?

と、そんなやりとりをしていると、見知らぬ一人の男が僕たちに声をかけてきた。僕たちと同い年くらいだろうか。少し離れた場所に、どうもその男の彼女らしき女性も立っている。

「あのー…すみません、このおばけ屋敷に入るんですか?」

なんだなんだ、「やめといたほうがいいですよ、このおばけ屋敷、実際に人が死んでますから…」とか言い出すのか?と少し警戒しつつも、今どうしようか悩んでるところです、と答えた。すると男は、予想外のことを言いだしたのである。

「もしよかったら、僕も一緒に入っていいですか?」

な、なんだコイツ~~!!だ。もちろん声に出さなかったが、心の中ではジョイマン池谷が確実にそう叫んでいた。いきなり出てきてゴッメーン、まことにすみまメーン、である。

話を聞くと、カップルでこの遊園地にデートにきたは良いが、彼氏の方はおばけ屋敷にどうしても入りたくて、彼女の方は絶対に入りたくないということで揉めていたらしい。普通そういう状況になったら、苦手なものにつき合わせるのもなんだし彼氏の方が折れるもんじゃないかなと個人的には思うんだけど、その彼氏にはおばけ屋敷を諦めるという選択肢はなかったらしく、しかし一人で入るのはちょっと…ということで、おばけ屋敷の前でわちゃわちゃしていた僕たちに白羽の矢がたったようだ。

彼女を待たせて、知らない人とおばけ屋敷に入る。ホントに「なんだコイツ」である。クリントン20トン。

とはいえ、先述の通り「おばけ屋敷は好きだけどビビりなので本当は怖い」という僕らとしては、パーティのメンバーが増えることはやぶさかではない。僕も香川もわりと人見知りするタイプなので若干の気まずさはあるものの、2人と3人では感じる恐怖の度合いが段違いなのだ。少し考えた結果、むしろお願いしますということで、彼と一緒に特別捜査員として潜入することになった。ありがとう、オリゴ糖

おばけ屋敷の中で彼氏は、「お前彼女待たせてでも入りたいほどおばけ屋敷好きだったんじゃねえのかよ」と言いたくなるほどのビビりっぷりを披露してくれた。
ポジショニングは常に僕と香川の間。おばけが前から襲ってくるか後ろから襲ってくるかわからない状況でも一番安全と言えるポジションにずっといた。
おばけが僕らの前に立ちはだかったとき、一番前にいた僕はビビッてしまって前に進めなくなってしまった。

「ど、どうしよう…!前にいる…進めない…!」

一番後ろにいる香川も

「いや、後ろからもなんか来てる音がする!!」

とパニック状態だ。そんな僕らに彼氏は

「僕らならいける!走れ!!」

とかほざきやがる。お前一番安心安全な真ん中のポジションに居座っておいて何言ってんだ。つい数分前まで赤の他人だったのに何が「僕らならいける」だ。いや今も別に赤の他人だけど。

でもまあそんなこんなでなんとか無事に出口にたどり着き、ありがとうございましたーと挨拶をかわし彼氏は出口付近で待っていた彼女のもとに戻っていった。

そのあと香川と食事をしながら、「見知らぬ人と3人でおばけ屋敷入るなんてなかなかない体験だよなー」と盛り上がった。
一体どういう話し合いの結果、あの人は僕たちと一緒に入ろうと思ったのか。なんでさも当然のように真ん中のポジションを固持していたのか。「僕らならいける」の根拠は何なのか。彼女怒ってないかちょっと不安だったけど、3人でマジで叫びながら出口に飛び出してきたのを見て爆笑してたから安心だね、ということ。そして思い返しているとなんだか名前も知らないあの人に対して「一緒に恐怖を乗り越えた仲間」みたいな意識が芽生えてきて、このまま「あの人」とか「彼氏」とか呼ぶのもなんだし、名前を付けようぜってなった。今になって考えるとなんでそうなるのかわからないけど、名前を付けることになったのだ。

花小金井 篤」-はなこがねい あつし-

僕らは彼にそう名前を付けた。理由は正直あんまり覚えてないけど、多分香川が当時西武線沿線に住んでたからとかそんな理由だと思う。

僕と、香川と、花小金井。3人で恐怖を乗り越えたこと、僕は一生忘れない。そう心に誓った。(誓ってない)


それから幾ばくかの年月が流れ、どういう悲しい経緯があったのかは忘れたけど、僕と香川はまた別の遊園地にいた。
今回は二人だけではなく、小山と坂下という友達も一緒だ。男4人で遊園地。まあ一抹の悲しさは感じるけど、前回の男2人ラブラブ遊園地デートと比べれば男友達4人でワイワイと気兼ねなく遊んでる感じがして周囲からも浮いてない。(と思う)

いくつかのアトラクションに乗り、ミラーハウスに入って上も右も左の前も後ろも野郎だらけの地獄みたいな迷路をなんとかクリアしたあたりで、おばけ屋敷をみつけた。
今回は4人だ、4人もいればそれなりに恐怖も薄まるというもの。誰かの「入ろうぜ」という提案に異を唱える者はいなかった。僕と香川だけでなく、小山も坂下も心霊・オカルトの類が嫌いではないのだ。「稲川淳二 真相・恐怖の現場」のDVDをコンプして上映会とかやるくらいには好きなのだ。

入口に行って、スタッフから説明を受ける。確か、古くは石炭の採掘で栄えた炭鉱だが時代とともに衰退し廃坑となった洞窟、みたいな設定のおばけ屋敷だったと思う。なんだそのリアル過ぎる設定は。
しかしその設定以上に、気になったものがあった。
代表者の名前を書いてください、と紙を渡されたのだ。

最初は中で何か怪我などのトラブルがあったときのためなのかと思ったが、ちょっと考えてみたらさすがにそんなことないだろうし、もしそうだったとしたらそんな危険が待ち受けているおばけ屋敷にはちょっと入りたくない。それに渡された用紙を見てみると、名字を書く欄と名前を書く欄がわかれていて、ひらがなで書いてくれと注意書きがある。
さらにその用紙は不気味な感じに装飾されていて、明らかになんらかの演出に使うためのものだろうということがわかった。

そうなると、誰の名前を書こうか、となる。

みんな嫌がった。男が4人もそろっておいて、みんなビビりなのである。
僕も香川も小山も坂下も、「4人で入れば恐怖も薄れるから入ってもいいや」という程度の気持ちでおばけ屋敷に挑んでおり、名前を書くことによって恐らくおばけからメインターゲットとみなされてしまうであろう紙に名前を書くなんてできるわけないのだ。
とはいえ、暗いのではぐれないようにしてください、とか、アトラクション内では走らないでください、とか、もうアトラクションの注意や説明をすべてしてもらった後にやっぱりやめますって言うのもビビってるみたいで格好悪い。いや、誰の名前を書くかで揉めてる時点で十分過ぎるほどに格好悪いのだが、とにかくやめるという選択に至ることは無く、僕たちが書いた名前は

はなこがねい あつし

彼の名前だった。
目を見合わせ頷く僕と香川はもちろん、すでにあのおばけ屋敷でのエピソードは仲間内で何度も話題になっており、当時はその場にいなかった小山と坂下も「その手があったか」って顔をしている。
そうだ、スタッフの人には僕らの名前なんかわかるわけないのだから、不自然に思われることもないはずだ。なんなら小山の下の名前は「あきら」で、香川と坂下は彼のことを「あっくん」って呼んでるから、下の名前が「あつし」ということに信憑性すら感じられるというものだ。

こうして僕たちは、あの日ビビッておばけ屋敷に入ることを躊躇していた僕と香川のパーティにスポット参戦してくれた彼の名前を書いて、おばけ屋敷の中へと突入した。

中に入って少し歩くと、ぼんやりと頼りない明かりに照らされたボロボロの扉が見える。ルート的にこの扉を開けて進むはずだが、押しても引いても扉は開かない。
おかしいな、と思っていると、扉についていた小窓からぎょろりとこちらの様子を伺う目が見えた。突然のことに驚いて固まっていると、その目の主は言った。

「……花小金井様ですね」

違う。

確かに紙には花小金井って書いたけど、僕らは花小金井ではない。一橋と、香川と、小山と、坂下だ。

「お待ちしておりました。中へどうぞ…」

そんなこと知る由もない廃坑の住人がそう言うと、扉からガチャっと鍵の開くような音がした。改めて扉を押すと、難なく扉は開いた。ここは本当に遊園地のアトラクションの中なのか…?と思えるような、薄暗く湿った空気の漂う洞窟が広がっていた。

なるほど、こういう風な演出のために名前を書いたのか。まあ僕ら花小金井じゃないけど。
いや、そんなことはもうどうでもいい。やばい、怖い。なんだよこれ、4人で入っても全然怖いじゃないか。どうする、ここで「やっぱ怖いんでやめます」って大声を出してみるか…?そんな空気が4人に流れた。



「俺ら、花小金井じゃないけどな」

誰かがそう呟いた。ここに花小金井なんて名前の人はいないのに、進行していくおばけ屋敷のストーリー。なんだかその事実がおかしくて、思わず4人とも笑った。空気が少しだけ軽くなった。


(僕らならいける)

ふと、そんな声が聞こえた気がした。

そうか、僕たちは4人じゃない。
一橋、香川、小山、坂下、そして、花小金井

僕らには花小金井がついている。あの日根拠もなく「僕らならいける」と一番安全なポジションから言い放った、あの花小金井が。そもそも花小金井って僕らが勝手につけた名前だけど。だけど、確かに今の僕らには花小金井がついている。そう感じた。


僕たちは進んだ。
めっちゃ怖かった。
あまりにも僕らが怖がるもんだから、ちょっとスタッフも楽しくなってきていつも以上に脅かしてきてるんじゃないかと思うくらいに怖かった。死ぬかと思った。

しかし、そんな恐怖も長くは続かないのが、おばけ屋敷のいいところだ。

そろそろ出口だろうという雰囲気を感じた。長い一本道の先にうっすらと明かりが差している。おそらくあれが出口だろう。
駆け出したい気持ちでいっぱいだったが、アトラクション内では走らないでくださいという注意を事前にされていたのと、「最後の一本道って絶対一番怖い仕掛けあるだろ」って考えが頭をよぎり、じりじりと歩を進める。

と、いきなり一番後ろにいた坂下が駆け出した。
この坂下、僕らの仲間内では一番真面目なやつで、普段は走ってはいけないと言われている場所で走り出すようなやつではない。しかし、襲いかかる数々のおばけからなんとか逃げ延びて、ようやく見えた出口の明かりに気が緩んでしまったのだろうか。

「おいおいw気持ちはわかるけど走っちゃダメだってばw」

僕が坂下の背中に向かってそういうと、坂下は振り返って言った。

「だ、だって…後ろ…!」

え?

と思ったのとほぼ同時に

花小金井 篤」

耳元で僕たち4人の誰のものでもない、低い声が花小金井を呼んだ。
ゆっくり振り返った僕たちの、もうホントに4,50センチくらいしか離れていない場所に、おばけが立っていた。

「うわああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

途端に「走ってはいけない」という注意など吹き飛んで、全員が全力で出口に向かって走った。人生で一番速いスピードで走った瞬間だったんじゃないだろうか。

真っ黒なカーテンを抜けると、もうそこはおばけ屋敷の外。明るい、昼下がりの遊園地が広がっていた。

僕たち4人は周囲の目を気にすることもできず、息も絶え絶えといった感じで地面に手をついて倒れ込んだ。「え、このおばけ屋敷そんなに怖いの?やばくない?」みたいな話し声も聞こえた。めっちゃいい宣伝になってしまっている。

入り口で説明をしてくれたスタッフがやってきて

「大丈夫でしたか、花小金井様」

と声をかけてきた。
僕はハアハアと荒い息のまま、香川、小山、坂下と目を合わせる。そして、

「…花小金井は…いません…」

と伝えた。
スタッフは一瞬きょとんとしたが、すぐに少し微笑んだ後に言った。

「そうですか。それでは、次回は花小金井様を助け出すためにお越しください。また、お待ちしております」


花小金井は、僕らの身代わりになったのだ。
最後の、おばけとの超近距離遭遇。あのときに花小金井はきっと身を挺して僕たちを守ってくれたんだ。そう思った。


それから幾年も経ち、あの炭鉱のおばけ屋敷は何度かリニューアルした後、なくなってしまったと聞いた。
でも、きっとあの場所にはまだ、花小金井の魂が囚われているはずだ。

いつか必ず助けに行くからな、花小金井