あの夏の坂道。

駅メモのこととか旅行のこととかを、仕事してるフリをして書いています。

幽霊を信じるかと聞かれたら僕は少し悩んで「NO」と言う。

幽霊の存在を信じているか?
そう聞かれたら僕は少しだけ悩んで「NO」と答えると思う。即答で「NO」ではない理由は「存在してほしい」と思っているからだ。

僕はオカルトなものが大好きだ。幽霊はもちろん、UFOやUMAを取り扱うテレビ番組や雑誌なんかを小さい頃からワクワクしながら見ていたものだ。
その頃の僕は多分純粋にそれらの存在を信じていた。山奥のトンネルを走っていたらフロントガラスに血塗れの女が落ちてくるものだと思っていたし、アブダクションされそうになったときにはどう対処すればいいかを考えていたし、ヒバゴン土佐清水市で探したりした。比婆山以外でヒバゴンという矛盾にすら気づいていない無垢な少年だったのだ。
サンタクロースだって信じていたけど、それに関しては小学1年生の時に父親が枕元にプレゼントを置くところを目撃してしまったせいで比較的早く現実を知ることになった。


そんな無垢な少年も、いつの間にかそれらの存在を本気で信じなくなってしまった。なにかきっかけがあったわけではないと思う。月並みな言い方になってしまうけど、やはり少し大人になったんだと思う。
相変わらずオカルトなものは好きだし存在していて欲しいとは思っているが、なんでもかんでもオカルト認定をしてしまうような人をちょっと鼻で笑ってしまうくらいには夢のない大人になった。
UMAの多くは捏造か野生動物の見間違いだと思っているし、UFOはテレビ番組なんかでもよく解説されているように飛行機や自然現象が正体だと思うし、幽霊や心霊現象のほとんどは勘違いや思い込みや、夢の話だと思っている。

とはいえ、僕がそんな風に考えるようになったのは人よりもずいぶん遅かったんじゃないだろうか。割とホントにいい歳になってからだった。そしてそれはきっと、とある友人と一緒にしたとある体験が影響していたんだと思う。

中学時代に知り合った相田くんはタバコとか吸っちゃうちょい悪な奴で、仲の良かったグループも全然違っていたし、今でいう陰キャ寄りだった僕は正直相田くんのことをちょっと怖く思っていた。別に暴れたりするような乱暴者だったわけじゃないけど、単純に不良が怖かった。

しかしある日、陰キャグループの会話でちょっとした怪談話なんかをしたときに、グループの飯山からふと相田くんの名前が挙がったのだ。

「相田くんは霊感が強くて実際に何回も霊を見ているらしい」

身近にそんな人がいるなんて、と僕は興奮した。
幽霊の存在を心から信じていたとはいえ、基本的にそういうのはテレビの中で起こるものだった。それが、同じ教室で過ごしている友人が実際に体験しているなんて…!

どうしても相田くんから直接話を聞きたくなった僕は、相田くんが一人でいるタイミングを見計らって勇気を振り絞って声をかけた。

「幽霊見たことあるって本当?」

「あ?」


いきなりの「あ?」である。
相田くんはちょうどウォークマンのイヤホンを耳につけて音楽を聴こうとしていたようで、それを突然現れたクソキモヲタに邪魔されてちょっと不機嫌な感じだった。めっちゃ怖い。幽霊より全然怖い。しかし、僕の好奇心の方が勝った。

「ゆ、幽霊見たことあるって聞いたんだけど…」

相田くんは少し呆気にとられた表情をしていた。

「なに、お前そういうの信じてるの?」

え。なんだその返し。陰キャグループの情報は嘘だったのか。ちくしょう飯山め。絶対許さないからな。このあと万が一僕が相田くんにボコられて死ぬようなことがあったらお前を末代まで祟ってやる。

しかもよりによって不良グループの人たちが相田くんと僕という見慣れない組み合わせに興味を持って「なに話してんのよ」みたいな感じで集まってきた。めっちゃ怖い。メリーさんより全然怖い。

「あ、相田くんが幽霊見たことあるって聞いたからちょっとその話を聞きたくて…」

ビビっていることがバレたらやられると直感的に感じて、必死に平静を装って状況を説明した。

「お前そういうの信じてるの?」

不良グループにも相田くんと同じ質問をされた。

「え、うん、まあ…信じてる方かな…」

「じゃあ相田と同じじゃんwおい相田あの話してやれよ!」

意外な展開だった。
不良グループたちの中で幽霊を信じているのは相田くんだけだったようで、普段不良たちは相田くんの話を半ば馬鹿にして聞いていたのだ。

僕は相田くんの話をめちゃくちゃ真剣に聞いた。そして信じた。相田くんも自分の心霊体験を真剣に聞いてくれる相手は初めてだったようで、わりと熱を込めて話してくれた。

それからというもの、僕は少しずつ相田くんと仲良くなっていった。休日に二人で遊びに行ったりするようにもなったし、普通に友達になったのだ。
もちろんいつでもオカルトな話をしているわけではなかったけど、それでも怖い話をしていることはやっぱり多かった。

相田くんの心霊体験はわりと凄まじかった。
朝起きたら隣に半透明のおっさんが座ってぼーっとテレビでNHKを眺めていて、チャンネルを変えるとものすごい剣幕で睨んでくるからNHK以外見られなかったり、自転車で海沿いの道を走っていると海の上を全力で並走してくる白い服の女と遭遇したり、自分の部屋で当たり前のようにラップ音が頻発するのでお線香の代わりになるかなとタバコを吸うようにしたけど全然ラップ音止まねえわワハハと笑ったりしていた。

高校生になっても僕と相田くんの友人関係は続いた。
相変わらず仲がよくて、僕の家に相田くんが泊まりに来ることもあった。

夏休み期間中のことだったと思う。相田くんが僕の家に泊まりに来た時、もう時効だと思うのでぶっちゃけるけど、僕と相田くんはお酒を飲んだ。
飲みなれないお酒で楽しくなって、心霊トークで大いに盛り上がった。

「俺が先に死んだら絶対幽霊になってお前の枕元に立つから、お前も先に死んだら絶対俺の枕元に立てよ」

とかよくわからない約束をするほど盛り上がった。
相田くんは割とべろべろになるまで飲んでしまって、コイツ吐きかねねえなと思った僕は、自室で吐かれては困ると思い「夜風に当たって酔いを醒まそう」とか適当な理由をつけて外に連れ出した。時間は深夜の0時を回っていたと思う。

僕の実家はクソド田舎で、21時過ぎともなると人は歩いてないし車もほとんど走っていない。0時を過ぎるとなおさらだ。
家の裏に出ると、遠くに中学校の校舎が見える。僕が通っていた中学校だ。
深夜だから当然人の気配はなく、非常灯の明かりだけが灯る校舎はとても不気味に見えた。

グラウンドまで入って、ベンチに腰掛けた。相田くんはマジでベロベロに酔っており、ぐったりした様子だ。
真夏だけど夜の風は涼しい。酔って火照った頬を冷ましてくれるようで、なんだか気持ちが良くなってぼんやりと校舎を眺めていた。

と、ベンチに横たわっていた相田くんがモゾモゾと身体を起こす。

「どうした?もう大丈夫なの?」

「………めっちゃ見てる」

会話になっていない。何を言ってるんだこいつは、と思ったんだけど、その次に相田くんの言った言葉で背筋がゾッとした。相田くんは校舎の方を指さして、

「なんかめっちゃこっち見てる人がいる」

と言ったのだ。

「え…いるわけないじゃん…何時だと思ってるんだよ」

「いや、いっぱいいる…5人…6人…もっといる…」

相変わらず酒は抜けていないようで呂律の回らない口調ではあるが、しっかりと校舎の方を見据えながら言う。
最初は冗談だと思った僕も、真っ暗な校舎から何人もの「何か」がこっちを見ているのを想像してすっかりビビってしまい、相田くんの手を取って帰ろう、と立ち上がった。

「…あ、やばいこっち来た」

さらっとやばいことを言う。

「急いだ方がいいかも…こっちに来てる…来てる…来てるって…!」

僕はベロベロになってまっすぐ歩けない相田くんに肩を貸して必死に逃げる。

「来てる…逃げて…早く…!」

お前がベロベロだから急げねえんだよ!と思いながら、半ば相田くんを引きずって逃げる。
しかしふと思った。このまま僕の家に逃げると、追いかけてきている「何か」が僕の家までついてきてしまうのでは…?
それは非常に困る。家には何も知らないで寝ている両親と愛犬がいるのだ。僕のせいで目が覚めたときにたくさんの「何か」が自分を見つめていたら多分すごい怒られる。いや、怒られるとかそういう問題じゃない。

軽くパニックになりつつ、とにかく僕は自分の家には向かわずに海沿いの道を街の方に向かうことにした。当然こんな真夜中に人気はなく、クソド田舎なので街灯なんてほとんどない。相田くんは相変わらず「まだ来てる…急いで…」とか言ってる。だったらもう少し自分の力で歩いてくれ。

「待って!!前にもいる!!」

突然相田くんが言った。やめてくれ、めっちゃ怖い。心臓が止まる。

「前にもって…どうしたらいいんだよ」

「…あ、でも前の人は多分大丈夫…こっち見てるだけだと思う…」

当然僕の目には何も見えない。でも相田くんには見えていて、そしてどうやらそれは追いかけてきている何かとは違って悪いものではないようだ。

「大丈夫、普通に進んで大丈夫…でっかいはさみ…高枝切りばさみ持ってるけど」

全然大丈夫じゃないような気がする。武器持ってるじゃないか。作品が作品なら不死身で時計塔を再起動しないと倒せなかったりするやつじゃないのか。
とは言え相田くんが進めと言うのなら何も見えない僕は進むしかない。
僅かな月明りを頼りに前に進んで、ふと気が付いた。

この場所には、小さな慰霊碑が立っているのだ。

それは僕が小さい頃に、僕の家の向かいに住んでいたおじいちゃんがこの場所でバイク事故を起こして亡くなってしまったために作られたものだった。
そしてそのおじいちゃんの家の庭にはたくさんのミカンの木があって、おじいちゃんはよく高枝切りばさみを持って庭の木の手入れをしていたのだ。僕はそのおじいちゃんを「はさみのじいちゃん」と呼んでいた。

この土壇場でようやく思い出したくらい昔の話で、当然そんな話を相田くんにした覚えはない。つまり相田くんがはさみのじいちゃんの存在を知っているはずはないのだ。

え、え、コイツマジで本物か…?と思った。テレビや雑誌で見たどんな霊体験より、いやもっと言うと今まさに後ろから追いかけてきてるかもしれない「何か」よりもびっくりした。

結局、そこからしばらく歩いたところで相田くんが「もうだいぶ前から追いかけてきてない」とか言ったおかげで深夜の逃亡劇は終わった。だいぶ前から追いかけてきていないのならもっと早く言ってくれと汗だくになりながら思った。



これが僕が体験した一番幽霊を信じた瞬間だった。

こんな体験をしておきながら、今現在の僕は人の心霊体験を基本的に信じずに聞いている。もちろん聞きながら否定するようなことはしないが、心の中では夢なんだろうな、とかたまたまいくつかの偶然が重なったんだろうな、とか現実的な解釈をしながら聞いている。
あの夜の出来事も、もっというと相田くんのしてくれた数々の体験談も、今となっては初めて自分の体験談を真剣に聞いてくれた僕を楽しませるための作り話だったんじゃないかなとすら思ったりする。

だって、相田くんはいまだに僕の枕元には立ってくれないからだ。

20歳の頃、成人式を迎えてすぐ相田くんは交通事故で亡くなった。
高校卒業後、僕は上京し相田くんは地元に残ったため少し疎遠になっていたけど、成人式で再会してあっという間にあの頃に戻ってたくさんの怖い話をして、今度東京に遊びにおいでと約束をした、数ヶ月後のことだった。

やっぱり幽霊なんて存在しないんだろうな。あの相田くんが枕元に立ってくれないんだもの。

だけど、そう思いつつも、やっぱり存在してくれたらいいなと思う。

酔っぱらったときにした約束だから忘れちゃってた!とか言いながら僕の枕元に立ってくれたら、また一緒に怖い話で盛り上がりたい。幽霊と一緒に怖い話をするってのも変な話だけどな!